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「その瞳にうつるもの」 / 「屋上夜話」 / 「渋谷まいごっこ」

『妖玄坂不動さん』 「屋上夜話」
「陽介、何か右ケツが痛い……」
 唐突に従兄弟の田村凛太郎が言った。振り向くと彼は眉間に皺を寄せて右手で右のお尻をさすっている。
「え?」
「え? じゃなくて痛いっつてんだろ」
 そんな事言われたって俺にどうしろって言うんだ?とりあえず凛太郎の背後にまわってみる。
「あ」
 思わず声が出てしまった。
 痛いのは当たり前だった凛太郎の右のお尻は噛み付かれていた。妖怪に。
「噛まれてるよ」
「はぁ? 何に? 虫……」
 そこまで言って凛太郎が気づく。
「……妖怪か?」
 俺が無言で肯定すると凛太郎は深いため息をついた後、
「だぁかぁらぁお前と歩くの嫌なんだよ! 絶対妖怪連れてくるだろ!?」
「そんなに怒鳴られても……」
「つーか、俺、こいつに何かしたか?」
 こいつ、と呼ばれた妖怪が凛太郎を噛んでいた口に力を入れた。
「いたっ!!」
 はたからだと凛太郎が一人でジタバタしてる様にしか見えないだろう。普通の人間に妖怪は見えない。その妖怪が自分の意志で姿を見せるか、隠そうとしても隠しきれないほどの妖気を持っているか……とにかく、普通の生活の中でうっかり妖怪を見かける事はまずない。
 でも、妖怪は確かにいる。
 しかもかなりいろんな場所に。ここ、渋谷翠松学園の中にだって大量に存在する。現に今、凛太郎の右のお尻に一匹噛み付いてるし。
 この妖怪の名は『すべり』。
 細長い身体には銀に近い艶やかな毛がびっしり生えていて、丸い頭には目も鼻もない。ただ大きな口があるだけ。悪い奴ではないが、ほんの少し毒を持っていて、噛まれると痛い。ピリピリと薄皮一枚剥けた様な痛みがしばらく残る。滅多に人間を襲う事はないが、凛太郎は襲われてしまった。
 理由は分かっている。俺が側にいるからだ。
「お前のせいだろ」
 凛太郎が拗ねた様に言ってこっちを睨んだ。俺が考えていた事が顔に出てしまっていたらしい。そうなのだ、ついさっきまで凛太郎はくだらない言い合いをしていた。まぁ、いつもの事だ。正直、この従兄弟とは折が合わない。小さい頃は何かと突っかかって来る彼を鬱陶しく思っていた事もあった。
 凛太郎よりも『すべり』との方が気は合うかもしれない。天気のいい日、中庭でひなたぼっこをしながら昼食をとっていると『すべり』がじゃれに来る事もあった。細長い身体を擦り寄せ、足の間をすり抜けて遊ぶ姿はなかなか可愛いのだ。
 そんな『すべり』は俺と言い合っていた凛太郎を敵だと判断したのだろう。だから噛み付いたのだ。
 凛太郎は三白眼をさらにつり上げると、
「な?んで妖怪どもはこんなぼへーっとした奴になつくわけ?」
「さ、さぁ」
 本当に分からないからそう答えたのだが、それが凛太郎には面白くなかったらしい。
「陽介がこいつらをほいほいみつけるからだろ!」
 凛太郎の言葉に反応してしまう。
 そう、俺は妖怪が見える。小さい頃からたくさんの妖怪を見て来た。
(でも……)
「見たくて見てるわけじゃないよ」
 目を合わせずに言う。
 頭の上で凛太郎が馬鹿にした様に笑った。「あー、そう。じゃぁその力俺にくんないかな? そしたら幸も桐もうちに来るかもしれないしな」
 頭に来た。
 見たくて見てるわけじゃないって言ったのに。ずっとこんな力が消えてしまえばいいと思ってた。なくなってしまったらいいのに、誰かにあげられたらどんなに楽だろう。そう思って生きてきた。俺の中ではかなりデリケートな問題だ。それをこの無神経従兄弟は知っていてからかうのだ。
「バカ凛太郎!!」
「おっ、やんのか? おお!?」
 凛太郎が鼻息荒くファイティングポーズをとった。
 瞬間、
「いっててててててて!!!!!」
 凛太郎の左のお尻にもう一匹、『すべり』が噛み付いたのだ。俺は『すべり』に向かって小さく、ガッツポーズを作った
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